Onedollar Wanderer

「氷の精霊」(The Ice Spirits)-グリーンランド

氷の精霊はグリーンランドの物語です。

昔々、グリーンランドの氷原の奥深くに、氷の精霊たちが住んでいると信じられていました。彼らは雪と氷でできた宮殿に暮らし、人間には見えないけれど、純粋な心をもつ者にだけ、その姿を見せると言われていました。

ある小さな村に、ナヴィクという少年が住んでいました。ナヴィクは、いつも雪の中を走り回り、空を見上げては風の音に耳を澄ます、不思議な子でした。彼の家は貧しく、父は早くに亡くなり、母とふたりで暮らしていましたが、ナヴィクは決して不満を言わず、毎日感謝しながら暮らしていました。

ある日、村に大嵐がやってきました。風は氷を裂くようにうなり、数日間、太陽さえも姿を見せませんでした。村人たちは食料を分け合いながら耐えていましたが、ナヴィクの家にはもう食べ物が残っていませんでした。

その夜、ナヴィクは空腹のまま、雪の中に歩き出しました。「何か助けがあるかもしれない」と、彼はただ風の向く方へ歩いて行ったのです。

そして雪原の果てで、ナヴィクは不思議な光を見つけました。近づいてみると、そこには氷でできた大きな門がありました。門の前に立つと、どこからともなく声が聞こえました。

「ここは氷の精霊たちの宮殿。我らが姿を見せるのは、真に清らかな心を持つ者だけ。」

ナヴィクは驚きながらも、小さな声で言いました。「ぼくは助けが欲しい。でも、何も奪いません。ただ、母を助ける手立てがあれば知りたいだけです。」

すると、氷の門が静かに開き、中からまばゆい光があふれ出しました。その中には、氷の精霊たちが静かに舞っていました。彼らの体は透き通っていて、動くたびに風の音が鳴りました。

ひとりの精霊がナヴィクに近づき、こう言いました。

「おまえの心は飢えても濁らなかった。その心に応える力を、我らは与えよう。」

そう言って、精霊はナヴィクの胸に小さな氷のかけらを授けました。

「このかけらを家に持ち帰り、火にくべてごらん。氷は溶けず、代わりに光と暖かさを生む。それは必要な者にしか働かない力。欲を持てば、ただの氷に戻るだろう。」

ナヴィクはお辞儀をして、かけらを大切に胸にしまい、村へ戻りました。

家に戻った彼は、言われたとおりに氷のかけらを火に入れました。すると、不思議なことに火が青く燃え、部屋全体がぽかぽかと暖かくなりました。その火は食べ物を焼くこともでき、水を沸かすこともでき、まるで太陽が家の中に来たようでした。

ナヴィクと母は助かりました。そして、ナヴィクはその後も氷の精霊の力を誰にもひけらかさず、静かに村の人々を手助けしながら生きていきました。

ある日、ナヴィクが年老いたころ、彼は再び雪の中を歩き、氷の門へと旅立ちました。そして、それきり戻ることはありませんでした。

村人たちは語り継ぎます。

「ナヴィクは氷の精霊になったのだ。今でも、真っ白な夜にそっと耳を澄ませば、風にまじってナヴィクの笑い声が聞こえる。」

おしまい。